ザッピング・ライフ

超仙人系男子が綴る、新しい地球の歩き方。

RADWIMPSのHINOMARU炎上騒動とは何だったのか?(後編)

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私が感じた2つ目のことは多くの日本人が自分たちが「日本人であることを考えること」に対して抵抗感を示すということだ。

 

RADWIMPSの歌詞がもし仮に愛国心を表現する歌だとしよう。

百歩譲って軍歌だったとしよう。

何か問題があるのだろうか?

 

スナックのカラオケで軍歌ばかりを歌うおじさんがいる。

彼らは戦争を肯定しているのだろうか?

いや、ただ軍歌が好きなのである。

 

HINOMARU騒動ではその曲が軍歌かどうかが問題なのではなく

そのことに過剰に反応してしまう日本人の無意識があるということが認識されていないことが問題なのだ。

 

どうして、日本人は戦争や愛国心に過剰なまでに反応してしまうのだろうか?

 

それは終戦後に日本人が集団でした決断が原因である。

 

日本人は戦後、自分たちが悪かったんだと決断している。

戦争自体がいいか悪いかの話ではなく、あくまで集団の決断が何だったのかな言及したい。

 

日本は戦争に対して自分たちが悪かったと決断するに至った原因としては、アメリカからのTVの普及による情報操作、戦後教育、東京裁判などがあげられる。

 

それらは日本人がしてきたこれまでのことを規定する上でとても大きな影響を与えた。

 

自分たちは悪かったんだ。

もう二度と過ちは繰り返さない。

もう二度と、熱くならない。

 

その集団全体の自己否定は次の世代にも引き継がれ、今もなお私たちの無意識深くに刻まれている。

 

その無意識が

日本人は日本人であることを誇りに思ってはいけない。

日本人であることを考えてはいけない。

と働きかける。

 

日本人だけど、日本人であることを認められない。

 

それはアイデンティティの不在を意味する

 

私たちは日本人のルーツを学ぶことが少ない。

海外では当たり前のように自国の歴史、ルーツを学ぶようだ。

日本の歴史教育は暗記をするだけ。

 

根っこのない花が枯れてしまうように

アイデンティティのない国は本来の力を発揮できない。

 

そして、私たちは根っこを探して彷徨い続ける。

 

日本人は日本人でないならばいったい何者なのか?

その質問が私たちの無意識にはあるのだ。

 

私たちが日本人としてのアイデンティティを喪失した日

 

8.15

 

この日に対する認識が大反転し

私たちが私たちの本当のアイデンティティを知ったとき

世界は驚くほどに変わる。

 

HINOMARU炎上騒動とは何だったのか?

それは「自分が何者なのか知りたい!」という

心の叫びだ。

 

自分が何者なのかを知って新しいスタートをきった私の変化ストーリー

yuya-odahara.hatenablog.jp