ザッピング・ライフ

超仙人系男子が綴る、新しい地球の歩き方。

映画「未来のミライ」に観るこれからのライフスタイル

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先日、映画「未来のミライ」を観た。

この映画のnTechを使った私の解析から

これからの時代に必要なライフスタイルについて書きたいと思う。

 

この映画を観ての私の感想は「退屈」だった。

 

この映画は基本的に主人公の4才の男の子くんちゃんと

その家族が住む一軒の狭い長屋を中心にして展開していく。

くんちゃんのお父さんは建築家でくうちゃんたち家族は

お父さんが設計した家に住んでいる。

 

その家は普通の家とは少し違う。

リビング→中庭→ダイニングという構成になっている。

つまりリビングからダイニングに行くためには一度中庭を通らないと

いけない構成になっている。

中庭はもちろん外部と接続されているため、

雨の日には傘をさしてそれぞれの部屋を移動しなければいけない。

 

この構成を見て私はすぐにピンと来た。

安藤忠雄の「住吉の長屋」だ。

私が前職、建築を志したきっかけとなった建築物だった。

この住吉の長屋の構成とこの映画の舞台の長屋の構成はとても似ている。

間違いなくそこから着想を得ていることが分かる。

 

住吉の長屋をつくった安藤忠雄はこう言っている。

狭い敷地の1/3を割いてまで造った光庭は、都市で失われつつある光、風、雨といった自然の感覚を住居に引き込む装置である。それによりさまざまに様相の変化する生活空間から自然を感じ、豊かな生活を送れるよう配置された

豊かな生活とは何なのか?

安藤忠雄は中庭によって私たちにメッセージを突きつけた。

 

この映画のストーリーも

中庭という空間が私たちにメッセージを伝えるためのキーとなっている。

 

この映画はダイニングと中庭。

大きく言えばこの二つの空間によって展開される。

 

ダイニングが象徴するのは日常。

くんちゃんたち家族がどこの家庭にもありそうな普通の生活が描かれる。

妹ができて子供がえりするくんちゃん。

子育てに奮闘する夫婦。

 

中庭が象徴するのは時空間。

中庭が時間と空間を拡張していく装置として描かれている。

未来の妹とじゃれあうくうちゃん。

過去にタイムスリップしひいおじいちゃんやお母さんの若き時と絡むくうちゃん。

 

この日常と時空間の二つの関係性がうまく描かれている。

くんちゃんは中庭で過去や未来と接続し、それが日常に影響を与える。

 

それにより映画は

今ココの日常は、常に時空間がどこまでも拡張された次元と接続し

常に変化していることを伝えている。

 

細田守安藤忠雄が観ている世界。

 

とてもすばらしい世界観だと思う。

 

しかし、私は冒頭で

この映画は退屈だった、と言った。

なぜ退屈だったのか?

 

それはこの映画が次の新しい時代を生きていく私達にとって

必ずしも劇的な変化を起こすための何かを与えてくれるものだとは言えなかったからだ。

 

過去があって未来がある。

それらを道具にして今ココを観る。

それでは、1人の世界観に変化をあたえることは可能かもしれないが

そこにとどまるしかない。

くんちゃんが時空間を移動した体験をし、それによって自転車が乗れるようになった。

それはくんちゃんだけがみる世界観であり、お母さんやお父さんには共有ができない。

 

歴史や社会が集団の意識の集合体だと考えるなら、この共有が出来ないということは

それらを変化させていくことにおいて決定的な弱点となりうる。

過去や未来のイメージは人それぞれ異なる。

そこに今ココの根拠をもってくるのはとても危険だ。

歴史認識の違いによって戦争は起こっているのだから。

それによって、格差、いじめ、日常生活の喧嘩すらも起こっているのだから。

 

これからの新しいライフスタイルに必要なものは

すべての人に共通となるイメージを今ココの根拠とすることである。

 

それがnTechによってできることである。

 

共通のイメージによってつながり、個性が生かされる

チームプレイで最高にクリエイティブできるワクワクのライフスタイルを

今ココから。

 

私の新しいライフスタイルをスタートさせるきっかけとなったお話はこちら

yuya-odahara.hatenablog.jp